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東京高等裁判所 昭和51年(う)855号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人茨木茂、同我妻真典、同寺村恒郎連名の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、ここにこれを引用する。

控訴趣意第一について〈略〉

同第二点について

所論は、要するに、被告人は同原判示の進路変更通行はもとより公務執行妨害並びに傷害の各犯行を犯したことはないのに、原判決は、証拠の標価及びその取捨選択を誤り、右犯行事実を是認したのは事実を誤認したものであつて、被告人は無罪である、というのである。

そこで、原判決挙示引用の関係証拠を総合すると、被告人は、原判示第一の日時、場所において、原判示の自動車を運転し、水道橋方面から白山上方面に向かい進行中、原判示第二の日時、場所において、原判示の今井保美巡査に呼び止められ、同所で、同巡査から原判示第一の進路変更禁止帯での進路変更容疑で取調べを受けたこと、当時、右進路上には朝鮮総連の自転車パレードが行われていたことが認められるところ、被告人は、捜査公判段階を通じて終始原判示の進路変更通行、公務執行妨害、傷害の各事実は存しない旨争つているところである。ところで、原判示の各事実にそう直接証拠としては、原判決挙示引用の原判示第二の被害者で被告人を逮捕した原審証人今井保美(当時富坂警察署勤務警視庁巡査)、原判示の各事実を目撃したという原審証人船水秀男の各供述があるだけであるが、その各供述の信用性について検討すると、右今井証人の供述には、同証人が被告人から殴打されたという部位、程度等につき所論指摘のような供述の変転が見うけられるうえに、両供述とも細部の点については所論指摘のような矛盾そごする点が見られないわけではなく、しかも両供述によると、両人はいずれも面識がなく、本件犯行を契機に、今井巡査が目撃証人を探し歩き、昭和五〇年五月六日午後四時ころ(ただし、船水証人は、同日午後二時ころという)たまたま本件犯行現場付近において、本件犯行を目撃したという船水証人を見つけ、同人に対する取調べを他の捜査官に引き継いだ旨供述し、当審証人今井保美の供述もこれを裏付ける供述をしており、他方、船水証人は、同月六日は電車のストで、当時受講していた自動車新任技能指導員講習会は休講になり、所用で本件犯行現場付近に赴いた際、前記のごとく事件当時本件現場近くに居たと思われる者を探し目撃者の発見に努めていた今井証人に自分が本件犯行状況を目撃したと申し出た旨供述している。しかし、当審で取調べた国学院高等学校作成名義の「照会事項回答の件」と題する書面によれば、当審において尋問を受けた際今井証人は、船水秀男とは全然面識がないと断言しているのに、今井保美、船水秀男の両名は、いずれも、同高等学校の同年次生であつて、同校二年次のときは同クラスの一二組に所属していたことが認められ、しかも、当審の今井証言によれば、当時右クラスの人員は約五〇人であつたことが認められるから、右両名は互いに学友としてすでに高等学校時代に面識のあつたことがうかがわれるうえに、当審で取調べた東京指定自動車教習所協会調査課長作成名義の「御照会に対する回答について」と題する書面及び当審証人高沢雄一の供述によれば、同証人及び船水秀男の両名は、ともに世田谷自動車学校に採用され、同校から選抜されて、同協会主催の第一六九期新任技能指導員講習会の受講生となり、同月六日には国電ストもなく、両名とも同日午前八時三〇分から同日午後零時二〇分までの間、府中試験場において受講し、その後解散したこと、船水は、その後の同年六月二〇日ころ、高沢証人に対し、「友達の警察官から、友人の警察官がタクシー運転手に殴られたという事件(本件事件をいつているものと解される)を目撃しタクシー運転手に殴られたように証言してくれ、と依頼され、真実は目撃していなかつたけれども、その依頼を承諾し、悩んでいる」趣旨のことを語つていたこと、船水は原審で証言をした後急きよメキシコへ移住したことが認められる。以上の諸事実を彼此考量すると、今井証人及び船水証人の原判示事実にそう原審における各供述部分は証拠として到底採用するに由ないもので、他の原判決挙示引用の各証拠は、いずれも右両証人の各供述の措信しうるものであることを前提としてこれを裏付ける証拠に関するものであるところ、右各供述が措信しえない以上すでにその前提においてそれらの証拠も採用しがたく、他に記録並びに原裁判所が取調べた証拠を検討しても、被告人が本件各犯行を犯したとする事実を認めるにたりる証拠はない。

なお、今井巡査が原判示の損害を負つたものであるとしても、それが被告人の暴行によつて生じたものであるとする点について証明のない本件においては、それを被告人の責に帰することのできないことはいうまでもない。してみれば、被告人が本件各犯行を犯したとする点については結局犯罪の証明がないことに帰し、被告人は無罪であるというべきであるのに、これを有罪に処した原判決には、判決に影響を及ぼすべき事実の誤認があるといわざるをえない。論旨は理由がある。

〈以下省略〉

(谷口正孝 金子仙太郎 小林真夫)

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